鶴の一声(つるのひとこえ)

 小さな町にある、古い商店街。そこにはさまざまな店が立ち並び、毎日多くの人々が行き交っていた。その商店街の中心にある和菓子店「鶴屋」は、創業100年を超える老舗だった。


店主のタケシは、祖父から受け継いだこの店を大切にし、日々美味しい和菓子を作り続けていた。タケシの和菓子は評判が良く、多くの人々に愛されていた。しかし、最近は大型スーパーの進出やオンラインショッピングの普及で、商店街の活気は少しずつ失われつつあった。


ある日、商店街の理事会が開かれた。商店街の活性化を図るため、新しいイベントを企画しようという話が持ち上がった。しかし、商店主たちの間で意見が分かれ、なかなか決まらなかった。


「フリーマーケットを開こう!それなら人が集まるはずだ」と、古書店の店主が提案したが、洋服店の店主は「そんなものじゃ効果が薄い。もっと大掛かりなイベントが必要だ」と反論した。


議論は白熱し、誰もが自分の意見を押し通そうとする中、タケシは静かに会議を見守っていた。彼はいつも冷静で、人々の意見をしっかりと聞き、最善の方法を考えるタイプだった。


やがて、会議が行き詰まりそうになったその時、タケシが口を開いた。「皆さん、少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」


その瞬間、会議室は静まり返った。商店街の人々はタケシの発言に耳を傾けた。タケシは和やかな表情で続けた。「私たちの商店街は、長い歴史と伝統があります。それを生かしつつ、新しいことにも挑戦するべきだと思います。例えば、伝統の和菓子作り体験や、地域の食材を使った料理教室など、地域に根付いたイベントを開催してみてはいかがでしょうか?」


タケシの提案は、商店主たちの心に響いた。彼の穏やかながらも確固とした言葉は、まるで「鶴の一声」のように、会議の流れを一変させた。


「それはいいアイデアだ」「やってみよう!」商店主たちは口々に賛同の意を示し、タケシの提案を基にイベントの詳細を詰めていった。


数週間後、商店街では和菓子作り体験や料理教室、地域の特産品を集めたマーケットが開かれた。多くの人々が訪れ、商店街は久しぶりに賑わいを取り戻した。タケシの和菓子作り体験も大人気で、多くの子供たちや家族連れが楽しんでいた。


その様子を見て、タケシは心から喜びを感じた。商店街の人々も、彼の提案がいかに素晴らしいものであったかを実感していた。


「タケシさんのおかげで、商店街がこんなに活気づいたよ。本当にありがとう。」古書店の店主が感謝の言葉を伝えると、タケシは照れくさそうに微笑んだ。


タケシの一声が、商店街を救った。彼の落ち着いた判断と、人々を動かす力が、商店街に新たな息吹を吹き込んだのだった。


そして、商店街の人々は、タケシのことを「鶴屋の鶴の一声」と呼び、その存在をますます大切に思うようになった。



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#田記正規 #読み方

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