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言わぬが花

 言わぬが花(いわぬがはな)」は、何でも口に出して言うより、あえて言わないほうが趣があり、相手との関係にも差し障りがないという意味です。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 相手の失敗を、あえて指摘しないとき 「みんな気づいているけれど、ここは言わぬが花でしょう。」 人の秘密や個人的な事情を、わざわざ聞かないとき 「詳しい事情は本人が話さないのだから、言わぬが花だよ。」 映画や小説の結末を教えないとき 「結末を教えてしまうより、言わぬが花というものだ。」 本音を全部言うと相手を傷つけそうなとき 「思うところはいろいろあるけれど、ここは言わぬが花だ。」 つまり、**「言わないほうが、かえってよい」**と思う場面で使うことができます。 ただし、重要な連絡や仕事上の必要事項まで黙ってよい、という意味ではありません。「余計なことはあえて言わない」というニュアンスで使うのが自然です。 なお、ユーザーさんが示されたページにも、日常的な例として「失敗の理由をあえて指摘しない」「映画の結末を教えない」という使い方が掲載されています。 ことわざから小説を執筆
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魚心あれば水心

 魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ)」は、相手が好意を示してくれれば、こちらも好意をもって応じるという意味のことわざです。 使い道・使い方 相手との関係が**「こちらの態度次第で、相手も同じように応じてくれる」**という場面で使います。 例文 「こちらが親切にすれば、相手も親切にしてくれる。魚心あれば水心というものだ。」 「困ったときはお互い様。魚心あれば水心で、今回は私が助けます。」 「取引先には誠実に対応しよう。魚心あれば水心で、こちらを大切にしてくれるはずだ。」 ただし、場合によっては「こちらが好意を示したら、相手もそれなりの見返りをしてほしい」という、少し打算的なニュアンスで使われることもあります。 ことわざから小説を執筆
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牛に引かれて善光寺参り

 牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)」は、自分から進んでしたわけではないのに、他人に誘われたり、思いがけない出来事がきっかけになったりして、よい方向へ導かれることを表すことわざです。 使い道・使い方 たとえば、こんな場面で使えます。 友達に誘われて旅行に行ったら、思いがけず素晴らしい場所に出会った →「友達に誘われて旅行に行ったが、まさに牛に引かれて善光寺参りだった。」 興味のなかった趣味を友人に勧められ、始めてみたら夢中になった →「最初は気が進まなかったが、友人に勧められて始めたら、牛に引かれて善光寺参りとなった。」 誘われて参加したイベントが、新しい人との出会いや仕事につながった →「何となく誘われて参加したイベントだったが、牛に引かれて善光寺参りとはこのことだ。」 つまり、**「人に誘われたことがきっかけで、思いがけず良い結果になった」**というときに使うと自然です。 ことわざから小説を執筆
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牛は牛連れ

 牛は牛連れ(うしはうしづれ)」は、似た者同士・気の合う者同士は自然に一緒になるという意味のことわざです。 使い道・使い方 たとえば、次のような場面で使えます。 性格や趣味がよく似た二人が、いつも一緒にいるとき →「あの二人は趣味も考え方もそっくりだね。まさに牛は牛連れだ。」 同じような考えを持つ人たちが集まっているとき →「このグループはみんな読書好きだね。牛は牛連れというものだ。」 「類は友を呼ぶ」とほぼ同じ意味で使いたいとき なお、「牛は牛連れ、馬は馬連れ」という形で、同類の者は同類の者と一緒になるという意味でも使われます。 ことわざから小説を執筆
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氏より育ち

 氏より育ち(うじよりそだち)」は、家柄や血筋よりも、育った環境や教育のほうが、人の性格・人格に大きな影響を与えるという意味のことわざです。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 家柄は普通でも、礼儀正しく立派な人をほめるとき 「あの人は名家の出身ではないけれど、とても礼儀正しい。まさに氏より育ちだね。」 人の性格や教養について話すとき 「兄弟でも育った環境が違うと、性格もずいぶん違うね。氏より育ちということかな。」 子どもの教育や家庭環境の大切さを話すとき 「子どもの将来を考えると、家柄よりも教育や家庭環境が大切だ。氏より育ちというものだ。」 つまり、**「生まれた家より、どう育てられたかが大切」**と言いたいときに使うと自然です。 なお、相手の家柄を直接比較する場面では、少し上から目線に聞こえることもあるので、使い方には注意するとよいでしょう。 ことわざから小説を執筆
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牛を馬に乗り換える

 牛を馬に乗り換える」は、今まで使っていたもの・付き合っていたものなどをやめて、より優れたものや都合のよいものに替えるときに使います。 使い方の例 「もっと条件のいい会社が見つかったので、今の会社を辞めるなんて、まさに牛を馬に乗り換えるようなものだ。」 「古いスマホから新しい機種に買い替えた。まるで牛を馬に乗り換えるようだ。」 「彼は、成績の悪いチームから強いチームへ移った。牛を馬に乗り換えるとはこのことだ。」 つまり、**「悪い・劣ったものから、良い・優れたものへ乗り換える」**という場面で使うことわざです。 なお、場合によっては「自分にとって都合のいい方へ簡単に乗り換える」という、やや批判的なニュアンスでも使われます。 ことわざから小説を執筆
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嘘つきは泥棒のはじまり

 嘘つきは泥棒のはじまり」は、小さな嘘でも、それを繰り返すうちに悪い行いにつながっていくという意味のことわざです。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 子どもが嘘をついたとき 「宿題をやった」と言ったけれど、実はやっていなかった。 →「嘘つきは泥棒のはじまりっていうから、正直に言おうね。」 失敗をごまかそうとしている人に注意するとき 「壊してしまったのに、壊していないと言い張る。」 →「ごまかすために嘘をつくのはよくないよ。嘘つきは泥棒のはじまりだよ。」 軽い嘘を繰り返している人への忠告 「ちょっとした嘘ならいい」と考えている人に対して、 →「小さな嘘でも癖になるよ。嘘つきは泥棒のはじまりっていうでしょう。」 つまり、「嘘をつくのはよくない」と戒めたり、正直であるように注意したりするときに使うことわざです。 ことわざから小説を執筆
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