角を矯めて牛を殺す(つのをためてうしをころす)

 小さな村に住むリョウは、村一番の牛飼いとして知られていた。彼の飼う牛はどれも立派で健康そのもの。特にお気に入りの牛、ハナコは、村の祭りでも何度も賞を取っている。しかし、リョウはハナコの角が少し曲がっていることを気にしていた。


「ハナコは本当に素晴らしい牛だ。でも、その角だけが気になるな。直せばもっと立派になるのに」と、リョウは独り言を漏らした。


ある日、リョウは村の鍛冶屋で働く友人のカズに相談した。「カズ、ハナコの角を矯正できる方法はないかな?」


カズは少し考え込み、「角を矯正するには特別な器具が必要だし、慎重にやらないと牛に大きな負担がかかるぞ」と答えた。


しかし、リョウはハナコを完璧にしたいという思いが強く、「何とかしてやりたいんだ。少しでもいいから試してみたい」と頼んだ。カズは心配しながらも、友人の熱意に負けて矯正器具を作ることにした。


数日後、カズは自作の角矯正器具を持ってリョウの家を訪れた。「これでやってみよう。ただし、牛に負担がかからないように注意しよう」と警告した。


リョウは慎重にハナコの角に器具を取り付けた。最初は問題なく進んでいたが、しばらくするとハナコが不安そうに鳴き始めた。リョウは「もう少しだけだ、頑張れ」とハナコをなだめ続けたが、ハナコの不安は増すばかりだった。


翌日、リョウがハナコを見に行くと、彼女は衰弱し、立つこともできなくなっていた。リョウは慌てて器具を外し、カズに助けを求めた。「カズ、大変だ!ハナコが動けなくなってしまった!」


カズは急いで駆けつけ、ハナコの状態を見て深刻な顔をした。「リョウ、これはまずい。角を矯正しようとしたことで、ハナコの体に負担がかかりすぎたんだ。」


リョウは自分の過ちに気付き、涙を流しながらハナコに謝った。「ハナコ、ごめんよ。君を完璧にしようとするあまり、君のことを苦しめてしまった。」


その後、カズと村の獣医が懸命に手当てをしたが、ハナコの状態は悪化する一方だった。数日後、ハナコは息を引き取った。


リョウは深い悲しみに包まれた。「角を矯めて牛を殺す」ということわざの意味を身をもって知ることになった。彼は完璧を求めるあまり、大切なものを失ってしまったのだ。


ハナコの死をきっかけに、リョウは自分の考えを改めた。彼は他の牛たちに対しても過剰な期待をせず、彼らの健康と幸せを第一に考えるようになった。村の人々もリョウの変化に気付き、「ハナコのことを忘れずに、大切に育てるんだな」と温かい言葉をかけてくれた。


リョウはハナコの墓前に立ち、心からの感謝を伝えた。「ハナコ、君のおかげで大切なことを学んだよ。これからは君の教えを胸に、牛たちを大切に育てていくよ。」


ハナコの死はリョウにとって辛い経験だったが、その教訓を通じて、彼はより良い牛飼いとして成長した。そして、リョウの牛たちは彼の愛情と配慮のおかげで、以前にも増して健康で幸せな日々を送るようになったのだった。



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