総領の甚六(そうりょうのじんろく)

 総領の甚六


古くから続く老舗の酒蔵、山川(やまかわ)家。創業二百年を誇るその酒蔵は、代々山川家の長男が継いできた。現在の当主、山川清一(やまかわ せいいち)は三代目で、頑固一徹の性格で知られ、彼が造る酒は地元で絶大な人気を誇っていた。


清一には二人の息子がいた。長男の和也(かずや)と、次男の翔太(しょうた)。和也は温厚で誠実な性格だが、物事に対して慎重すぎる一面があった。一方の翔太は、自由奔放で新しいことに挑戦するのが好きだった。


ある日、清一が突然の病に倒れ、酒蔵を継ぐ話が急に持ち上がった。周囲の期待は和也に向けられた。彼は長男であり、これまで家業の手伝いも熱心に行ってきた。しかし、和也は心の中で不安を抱えていた。自分に酒蔵を切り盛りする才能があるのか、父親のような名酒を造ることができるのか、確信が持てなかったのだ。


そんな折、翔太が「新しい酒を造ろう」と提案してきた。和也は反対した。「うちの酒は、父さんが代々受け継いできた伝統があるんだ。変えるわけにはいかない」と言い張った。しかし、翔太は譲らなかった。「でも、これからの時代、伝統だけじゃ生き残れない。新しいことにも挑戦しないと」


結局、和也は翔太の意見を受け入れることにした。翔太は新しい醸造方法や味のバリエーションを取り入れた酒を試作し、地元の人々に試飲会を開いた。結果は大成功だった。多くの人々が新しい酒の味に驚き、賞賛の声が上がった。


和也は自分が長男である責任を感じつつも、自分だけの考えに固執していたことを悟った。清一の時代とは違い、新しい時代に対応するには、柔軟な発想と挑戦が必要だったのだ。


清一が病床でこの話を聞いたとき、彼は苦笑いしながら言った。「和也、総領の甚六になるなよ。お前にはお前のやり方がある。でも、時には弟のように新しいことに挑戦することも大事だ」


和也はその言葉を胸に刻み、翔太と共に新しい酒蔵の未来を切り開いていく決意をした。伝統を守りつつも、新しい風を取り入れることが、これからの山川家の道なのだと。




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