善は急げ(ぜんはいそげ)

 善は急げ


春の日差しが降り注ぐ午後、奈美(なみ)は街のカフェで一息ついていた。日常の喧騒から逃れて、一人静かに考え事をしていた。最近、友人から「やりたいことがあれば、すぐに行動するべきだ」という言葉を耳にしたのだ。それが心に響いて離れない。


奈美はかつて、アートに興味を持ち、自分でも作品を作りたいと考えていた。しかし、忙しい仕事や日々の生活に追われ、その夢は次第に遠ざかってしまった。「どうせ今さら始めたところで…」と、いつしか諦めていたのだ。


だが、友人の言葉がふと頭をよぎった。「善は急げ」という言葉だ。良いことを思いついたら、すぐに行動しなければ、その機会を逃してしまうかもしれない。奈美は自分がこれまでどれだけ多くの機会を逃してきたかを思い返し、胸が痛くなった。


「やっぱり、やってみるべきかもしれない」


奈美は心の中で決心した。カフェを出ると、近くの画材店に足を運んだ。店内には様々な絵の具やキャンバスが並んでいて、見るだけで心が躍った。久しぶりに感じるこの高揚感に、奈美は自分の心がまだアートを求めていることに気づいた。


「今日は始まりの日にしよう」


奈美はそう言い聞かせ、必要な道具を揃えて購入した。家に帰ると、早速キャンバスを広げ、絵筆を手に取った。最初は手が震え、どこから始めていいのか分からなかったが、一度描き始めると次第に感覚が戻ってきた。頭の中に浮かぶイメージをそのままキャンバスにぶつけるように、色彩を重ねていった。


時間が経つのも忘れ、奈美は夢中で描き続けた。完成した作品は、まさに彼女自身の内面を表すものであり、その瞬間、奈美は大きな達成感を覚えた。忘れていた自分の情熱を取り戻したことに、彼女は涙が溢れそうになった。


「善は急げ、か…」


奈美は小さく笑った。良いことはすぐに実行するべきだというこの教えが、今の自分を動かしたのだ。もしあの時、ためらっていたら、この喜びを味わうことはできなかっただろう。


それから、奈美は定期的に作品を作り続けるようになった。彼女の作品は次第に周囲の人々に評価され、やがて展示会を開くことにもなった。その展示会は大成功を収め、奈美は自分が本当にやりたかったことを追求し続けて良かったと心から思えた。


「善は急げ」という言葉の大切さを、奈美は改めて噛み締めていた。




ことわざから小説を執筆
#田記正規 #読み方

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