雀百まで踊り忘れず(すずめひゃくまでおどりわすれず)

 雀百まで踊り忘れず


鈴木達郎は、70歳を迎えたが、若い頃からの習慣をどうしてもやめられなかった。彼の習慣、それは朝一番にコーヒーを淹れ、新聞を読みながらタバコを一服することだ。健康に悪いと家族や医者に言われ続けてきたが、達郎にとってそれは生活の一部であり、日課を断つことは自分のリズムを崩すことだと信じていた。


「おじいちゃん、タバコはやめた方がいいよ」と、孫の美奈が心配そうに言う。


「わかってるよ、美奈。でも、このタバコがないと、なんだか落ち着かなくてな」


達郎は笑って答えたが、内心ではその言葉が刺さっていた。自分も年をとり、体力が衰えてきたことは自覚していた。それでも、朝の一服だけはやめられなかった。若い頃から、仕事へ行く前にタバコを吸い、心を落ち着けるのが彼の儀式だった。今でも、その香りと煙に包まれると、かつての自分に戻ったような気がした。


ある日、かかりつけの医者から、タバコを止めなければ大きな病気になる可能性が高いと厳しく警告された。家族も本気で心配し、今度こそやめる決意をするべきだと言われた。


達郎は、自分の心の中で葛藤した。彼は、これまで多くのことを変えてきた。引退後の生活、年老いた体との付き合い方。しかし、タバコだけは別だった。これは、彼がまだ若く、元気だった頃から続けてきた唯一の「自分らしさ」の象徴だった。


数日後、達郎は意を決して、タバコを手に取った。その瞬間、孫の美奈がやってきて、彼の手を優しく握った。


「おじいちゃん、無理にやめなくてもいいよ。でも、少しずつ減らせるように、一緒に頑張ろうよ」


その言葉に、達郎は目頭が熱くなった。美奈の優しさに触れ、彼は自分の頑固さを少し恥じた。雀が年老いても踊りを忘れないように、彼もまた習慣を捨てられない。しかし、その習慣とどう向き合うかは、今後の人生を左右するものだと感じた。


翌朝、達郎はいつものようにコーヒーを淹れ、新聞を広げた。しかし、タバコの代わりに美奈が買ってきたハーブティーを試してみた。少し物足りなさを感じたが、これが新しい自分の習慣になるかもしれない、と静かに思った。




ことわざから小説を執筆
#田記正規 #読み方

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