水魚の交わり

 水魚の交わり


田中直人と鈴木健太は、小学生の頃からの親友だった。2人は同じクラスで出会い、すぐに意気投合した。直人が得意なことは健太が不得意で、逆に健太が得意なことは直人が苦手だった。お互いの欠点を補い合うように、彼らはまるで水と魚のように自然に共存していた。


高校生になっても、その友情は変わらなかった。2人は部活も一緒に入り、放課後は必ずと言っていいほど、互いの家で過ごした。友人たちからも「あいつらは本当に仲がいいな」とよく言われ、冗談混じりに「水魚の交わりだな」と笑われることもあった。


ある日、健太が直人に言った。「直人、俺、留学を考えてるんだ」


直人は一瞬、驚きで言葉を失った。健太がそんな大きな決断をしていたことを、今まで全く知らなかったからだ。


「本気で言ってるのか?どこに?」


「アメリカだよ。もっと広い世界で自分を試したいんだ。お前にはまだ言ってなかったけど、ずっと考えてたんだ」


直人は胸に重いものを感じた。健太が自分から離れていくことが信じられなかったし、何より、これまでのように一緒に過ごせなくなる未来が怖かった。


「それ、いつから行くんだ?」


「来年の春には出発する予定だよ。だから、あと半年くらいかな」


半年。直人にとって、その言葉は永遠のように長いはずなのに、実際にはあまりに短く感じた。彼らの「水魚の交わり」の関係が終わりを迎えるわけではないが、離れてしまう現実がどうしても受け入れ難かった。


その後の半年間、2人はこれまで以上に一緒に時間を過ごした。休日には釣りに行き、夜遅くまで話し込んだ。直人は、健太との時間が限られていることを痛感しながらも、決してその寂しさを口に出さなかった。


そしてついに、健太が旅立つ日がやってきた。空港で、2人は無言のまま立っていた。これまでの数々の思い出が、直人の頭の中を駆け巡る。


「お前、本当に行くんだな」と直人がようやく口を開いた。


「ああ。でも、これで俺たちの友情が終わるわけじゃないだろ?」健太は笑顔で答えたが、その瞳には少しの不安が見えた。


「当然だろ。水魚の交わりって言われてるんだから、離れたって変わらないさ」と直人は力強く言った。


健太はその言葉に救われたように頷いた。「ありがとう、直人。俺、向こうでも頑張るよ」


「お前がどこにいようと、俺たちはずっと友達だ。困ったことがあったら、いつでも連絡しろよ」


2人は固い握手を交わし、健太はゲートをくぐっていった。直人はその背中を見送りながら、2人の関係が変わることはないと確信していた。たとえ距離が離れても、彼らの絆はまるで水と魚のように、切っても切れないものだった。






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#田記正規 #読み方

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