人事を尽くして天命を待つ

 人事を尽くして天命を待つ


深夜の静まり返った研究室に、北川光一は一人残っていた。彼は大学院で物理学の研究をしており、今取り組んでいる課題が彼の人生の分岐点となる大きな挑戦だった。もし成功すれば、彼の理論は世界に認められ、学界の注目を集める。しかし失敗すれば、数年にわたる研究が無駄になり、再びゼロからやり直さなければならない。


北川はここ数週間、寝る間も惜しんで実験とデータ解析に没頭していた。幾度もミスを繰り返し、失敗に打ちのめされながらも、彼は諦めなかった。研究仲間からも「もう少し休んだらどうだ?」と言われたが、彼はただ「時間がないんだ」と短く答えるだけだった。


その晩も、彼は最後の実験に挑んでいた。これがうまくいけば、理論が証明される。だが、失敗すればすべてが水の泡だ。実験の装置が起動する音が響く中、北川は息を殺して画面を見つめた。心臓の鼓動が耳に響き、手汗が滲む。データが少しずつ表示され始めた。


「頼む、うまくいってくれ…」北川は心の中で祈った。


だが、データは彼が望んだ結果を示していなかった。最後の数値が画面に現れた瞬間、彼は椅子に深く座り込んだ。やはり失敗だ。これで何度目の失敗だろうか。もう一度やり直す気力さえ、北川の中には残っていなかった。


頭を抱えながら、彼はしばらくその場に座り続けた。努力は全て無駄だったのか?自分の限界を感じ始めたその時、彼の心にふとある言葉が浮かんできた。


「人事を尽くして天命を待つ。」


彼はその言葉を小さい頃、祖父からよく聞かされていた。「どれだけ頑張っても、すべてを自分の力でコントロールできるわけではない。人事を尽くして、あとは天に任せるしかないんだ」と祖父はいつも優しく言っていた。


北川は深呼吸をし、椅子から立ち上がった。自分はやれるだけのことをやった。それは間違いない。これ以上悩んでも結果が変わるわけではないし、自分にできることはもう尽くしたのだ。


「ここまでやったんだ、あとは結果を受け入れるしかない」


彼は静かに研究室を片付け、外に出た。夜空には満天の星が輝いていた。北川は空を見上げ、無言のまま一つ一つの星を見つめた。彼は、次にどんな結果が待っていようと、それを受け入れる心の準備ができていた。




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#田記正規 #読み方

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