尻馬に乗る
尻馬に乗る
町の小さな会社に勤める佐藤真一は、平凡なサラリーマンだった。特別な才能や突出した能力はないが、黙々と仕事をこなすタイプで、同僚ともそこそこ良好な関係を保っていた。しかし、そんな日常が急激に変わったのは、あるプロジェクトが社内で動き出した時だった。
大手クライアントから依頼されたそのプロジェクトは、社運を賭けた重要な案件だった。社内は一気に活気づき、誰もが成功に向けて邁進していた。特に、営業部のリーダーである中村が中心となり、プロジェクトの舵を取っていた。
「中村さん、すごいですね。彼がリーダーなら、このプロジェクトも間違いなく成功するだろうな」
そんな声があちこちから聞こえる。佐藤もその一人だった。自分には大きな貢献ができる自信はなかったが、何かしらの形でこのプロジェクトに参加しておきたいと感じていた。そんな折、彼はふとした会議で中村のサポートチームに加わるチャンスを得た。
最初は中村の指示に従うだけの役割だったが、次第に佐藤は少しずつ自分の意見を交え始めた。中村が提案する内容には一部不足があると感じたが、佐藤はその場では黙っていた。しかし、成功への勢いが増す中、佐藤も気がつけば中村の影に隠れながら、その成果を享受していた。
「中村さん、すごいですね。あんなにリーダーシップを発揮できる人はそうそういませんよ」
佐藤は周りの声に同調しながら、心の中で自分も少しだけ成功者の一部になったような気持ちでいた。
ところが、プロジェクトが大詰めを迎えた頃、突然のトラブルが発生した。クライアントからの要求が急に変わり、プロジェクトの方向性を大幅に修正する必要が出てきたのだ。中村は対応に追われ、リーダーとしての責任が重くのしかかる中で、彼の決定力が揺らぎ始めた。
その瞬間、佐藤は冷静な目で状況を見ていた。自分の力では解決できないが、今こそ一歩引いて様子を見るべきだと感じた。しかし、同僚たちは次々と中村の責任を問うような態度を取り始めた。
「やっぱり、中村さんのリーダーシップにも限界があるのかもしれないな」
佐藤もその流れに乗って、黙って中村の尻馬に乗り続けた。彼自身が責任を取る必要はない。誰かが前に出て失敗すれば、それに従うだけで自分は傷つかないのだ。
結局、プロジェクトは何とか形を整えたが、最終的な成功は中途半端なものに終わった。中村は社内での評価を大きく落とし、一方で佐藤は特に傷を負うこともなく、また日常へと戻っていった。
しかし、佐藤の心にはわずかな違和感が残った。尻馬に乗るだけでは、本当の意味での成功や達成感は得られないのかもしれない――そんな考えが、ふと彼の頭をよぎった。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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