白羽の矢が立つ(しらはのやがたつ)

 白羽の矢が立つ


地方の小さな村には、毎年恒例の祭りがあった。その祭りは村の繁栄を祈るもので、伝統にのっとり、祭りの中心となる人物が「神の使い」として選ばれるという神聖な儀式が行われる。選ばれた人物は村の代表として、祭りの最高潮で神に供え物を捧げる役割を担うことになる。


今年、その「神の使い」として選ばれるのは誰か――村中がその話題で持ちきりだった。若者たちは期待半分、不安半分の気持ちで日々を過ごしていた。なぜなら、選ばれることは栄誉ではあるものの、その責任の重さもまた大きなものだったからだ。


田中誠はその一人だった。地味で目立たない存在の彼は、まさか自分が選ばれることはないだろうと思っていた。村ではもっと優秀で才能に恵まれた若者たちがいるし、自分のような普通の男が選ばれるはずがない。彼はそう信じて疑わなかった。


ある日、神主が村の広場で「神の使い」を選ぶ儀式を行うことになった。村の長老たちが見守る中、神主が慎重に儀式を進め、ついにその時がやってきた。


「今年の神の使いは――田中誠!」


その瞬間、誠の心臓は止まりそうになった。耳を疑うような気持ちで周囲を見ると、誰もが彼に視線を向けていた。白羽の矢が、彼の前に立てられた。まさに彼が選ばれたのだ。


「冗談だろう…?なぜ僕なんだ…」


驚きと不安が一気に押し寄せてきた。村の代表として、神に供え物を捧げる役割を果たすことは光栄だが、同時に失敗が許されない重大な責任を負うことになる。誠は自分の未熟さを痛感し、何度も断ろうとしたが、村の長老たちは彼を励まし、運命だと告げた。


「選ばれたのは、神が見込んだからだ。自信を持ちなさい」


結局、誠はその言葉に背中を押され、神の使いとしての準備を始めることになった。訓練は厳しく、祭りの儀式での動きや台詞を何度も練習しなければならなかった。最初は失敗ばかりで、自分には無理だと何度も思ったが、村人たちの温かい支えと共に、次第に自信を取り戻していった。


祭りの当日、誠は緊張の中で祭壇に立った。神主の指示に従い、慎重に儀式を進めた。全てが終わった瞬間、村中が大きな拍手で彼を迎えた。


「誠、よくやった!」


村人たちの笑顔に包まれながら、彼は初めて選ばれたことの意味を実感した。白羽の矢が立ったのは、偶然ではなく、彼自身の努力や信頼を得ての結果だったのだと。



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