上知と下愚とは移らず(じょうちとかぐとはうつらず)
上知と下愚とは移らず
大手企業でエリート街道を突き進んでいた佐々木一馬は、誰もが羨む存在だった。彼は周囲からも「できる男」として一目置かれ、何をやっても成功する人間だった。しかし、そんな彼のキャリアは、ある日突然の会社のリストラによって終わりを告げた。
リストラを受け入れるしかなかった一馬は、新しい職を探すも、以前のような高い地位にはなかなかたどり着けなかった。次第に焦りと不安が彼を襲うが、それでも彼の自信は揺るがなかった。なぜなら彼には、「自分は何をやっても成功できる」という確信があったからだ。
一方、彼の高校時代の友人、坂本隆也は、一馬とは対照的な人生を歩んでいた。勉強もスポーツも苦手で、何事にもやる気を持たなかった彼は、フリーターとして日々をただ消費するような生活を送っていた。周囲からも「無能」と見なされ、誰も彼に期待を寄せることはなかった。
そんな二人が偶然にも再会することになった。小さな町の居酒屋で、一馬はかつての友人である隆也に声をかけられたのだ。
「お前、こんなところで何してんだ?」と一馬が尋ねると、隆也は笑いながら「ここでバイトしてるんだよ」と答えた。一馬は驚きつつも、自分とは違う境遇にいる友人に対して、少し見下した気持ちが芽生えていた。
しかし、話を続けるうちに、一馬は隆也の変わらない性格に気づいた。隆也は今も昔も変わらず、自分のペースで生きていたのだ。「お前、変わらないな」と一馬が冗談めかして言うと、隆也は肩をすくめて答えた。
「変わる必要なんてないだろ。俺は俺のままでいいんだ」
その言葉に、一馬は少し考えさせられた。彼自身は環境の変化に翻弄され、不安に駆られていたが、隆也はどんな状況でも自分のペースを保っている。その生き方に、一馬は皮肉にも少し羨ましさを感じた。
一馬は、そこで「上知と下愚とは移らず」という言葉を思い出した。知者はどんな状況でも自分の知恵を発揮し、愚者はどんな環境に置かれても変わらないという意味だ。一馬は隆也の姿を見て、その言葉の意味を実感した。
一馬は自分の状況に不満を抱えつつも、自分の強みを信じ続けていた。それが彼の「上知」であり、隆也の変わらない生き方が「下愚」なのかもしれない。しかし、どちらが良いか悪いかではなく、それぞれが自分の道を歩んでいるだけだった。
二人の生き方は違えども、どちらも自分の本質を変えずに生きている。結局、一馬は自分の価値観を見つめ直し、再び前に進むことを決意するのだった。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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