朱に交われば赤くなる

 朱に交われば赤くなる


佐藤陽子は、田舎町から上京してきたばかりの新社会人だった。彼女は小さな広告代理店で働き始めたが、都会の喧騒や職場の雰囲気にまだ慣れていなかった。地方で育った陽子は、素直で真面目な性格で、何事にも一生懸命に取り組んでいた。


しかし、彼女の職場には、少し違った風潮があった。仕事が終われば、同僚たちは頻繁に飲み会を開き、そこでの話題は主に噂話や上司の悪口ばかり。彼女は最初、そんな場にあまり興味を持てず、帰宅しては一人で勉強や趣味の時間を楽しんでいた。


ある日、同僚の山本から声をかけられた。「陽子、最近あんまり飲み会に顔出してないけど、ちゃんと付き合いを大事にしないとダメだよ。この業界は人間関係がすべてだからさ」と。


陽子はその言葉に少し考え込んだ。「確かに、職場での付き合いは重要かもしれない……」と思い、次の飲み会に参加することにした。


その夜、居酒屋での会話は予想通り、他の同僚や上司への陰口や不満が中心だった。最初は違和感を覚えていた陽子だが、何度か参加するうちに、その場の雰囲気に徐々に慣れ、自分もつい口を滑らせてしまうことが増えていった。仕事での不満や愚痴を話すことで、一時的なストレス解消にはなるものの、心の中では何か引っかかるものを感じていた。


ある日、上司の前田部長から呼び出された。部長は厳しいが、公正で人望のある人物だった。部長は静かに言った。「佐藤さん、最近少し気になることがあるんだ。仕事中の集中力が落ちているように見えるし、態度も少し変わった気がする。何か心配事でもあるのかい?」


陽子はその言葉にハッとした。確かに、最近の自分は飲み会の雰囲気に流され、愚痴や不満ばかり口にしていた。その影響で、仕事への熱意や真面目さが薄れていたことに気づいたのだ。


陽子はその場で正直に話した。「実は、職場の付き合いで飲み会に参加するようになってから、少し考え方が変わってしまったのかもしれません。元々は真面目に取り組んでいたつもりでしたが、いつの間にか愚痴ばかり言うようになっていました……」


部長は頷き、優しく言った。「朱に交われば赤くなる、という言葉があるように、人は環境に染まってしまうものだ。だが、それに気づいたなら自分を取り戻すことが大事だよ。君は本来、真面目で努力家だ。それを忘れないでほしい。」


陽子はその言葉に感謝し、自分を取り戻す決意をした。飲み会に参加することは続けたが、愚痴や噂話に乗らないようにし、自分の信念を大切にするよう努めた。そして、次第に同僚たちも陽子の真摯な姿勢に影響され、飲み会の雰囲気も少しずつ変わっていった。




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#田記正規 #読み方

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