杓子定規(しゃくしじょうぎ)

 杓子定規


役所の窓口に立つ三浦は、規則に忠実なことで評判だった。彼は新しい書類が提出されるたびに、1ミリのズレも許さないほど正確にチェックを行い、規定に反する書類はすぐさま突き返していた。そんな彼の態度は、周りの同僚や市民から「杓子定規だ」と陰口をたたかれることもあった。


ある日、年配の女性が窓口にやってきた。彼女は手に抱えた書類をそっと三浦の前に差し出し、控えめな声で言った。「すみません、この申請をお願いしたいのですが、急いでいて……」


三浦は無言で書類を受け取り、細かく目を通した。しかし、その表情がすぐに硬くなる。ある欄の記入が不完全だったのだ。彼は顔を上げ、毅然とした態度で言った。「この部分が未記入です。ここを正しく記入しないと申請は受け付けられません。」


女性は困惑した顔で、「あの……私は字があまり書けなくて、この欄の書き方がわからなかったんです。どうか、少し助けていただけませんか?」と懇願した。


しかし三浦は動じなかった。「規則は規則です。全ての欄を正確に記入していただかないと、こちらでは対応できません。他の人にお願いして記入をお願いしてください。」


女性は肩を落とし、悲しそうに立ち去った。その様子を見ていた隣の窓口の同僚、田中が声をかけた。「三浦さん、もう少し柔軟に対応してもよかったんじゃないか?」


「規則を守らなければ、仕事は成り立たない。例外を許せば混乱を招くだけだ。」三浦は淡々と答えた。


その日の午後、三浦の上司である課長が彼を呼んだ。「三浦くん、ちょっと話があるんだ。」


課長室に入ると、課長は柔らかい表情で言った。「君は真面目に仕事をしてくれていることはよくわかっている。しかし、杓子定規になりすぎていると、かえって市民に不便を強いることもある。規則は大事だが、それを守りながらも、どうやったら市民を助けられるかを考えることが、私たちの役割だよ。」


三浦はその言葉を聞いて、はっとした。自分は規則を守ることに囚われすぎて、本来の目的――市民をサポートすること――を見失っていたのではないかと。


次の日、再びあの年配の女性が窓口にやってきた。三浦は女性に微笑みながら声をかけた。「お待ちしていました。もしよければ、この欄を一緒に記入しましょうか?」


女性は驚いた顔をしたが、安心したように頷いた。「本当にありがとう。助かります。」





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