清濁併せ呑む(せいだくあわせのむ)

 清濁併せ呑む


街の片隅に、小さな居酒屋「鶴と亀」があった。そこは、どんな人間でも受け入れる場所として、地元の常連たちから親しまれていた。店主の佐藤は、どんな客が来ても笑顔で迎え入れ、どんな話題も温かく聞き入れる姿勢を崩さなかった。


ある晩、店には対照的な二人の客が座っていた。一人は、地元の企業の若手エリート、片山。仕事で成功し、自信に満ち溢れ、いつも周囲に光を放つような男だった。もう一人は、昔は名のある職人だったが、今は酒に溺れ、荒れた生活を送っている中年の男、田中。


片山は、佐藤の作る料理を褒めながら、仕事の話や将来の展望を語っていた。「この街で一番の成功者になるんだ」と力強く宣言し、周囲の常連客たちもその勢いに感心していた。


一方、田中はというと、カウンターの片隅で静かに酒を飲んでいた。かつては自慢の技術で名を馳せたが、今はその影もない。酒が進むにつれ、彼はぽつりぽつりと自分の失敗談を語り始めた。「あの時、あの選択を間違えなければ…」と。


片山は最初、そんな田中を一瞥するだけで無視していたが、田中の自虐的な話が耳に入ると、ふと不快感を覚えた。「そんな失敗談ばかり聞いても仕方ないだろう?」と、片山は軽く笑いながら言った。


田中はそれに対し、黙ってグラスを握りしめたが、何も言わなかった。その時、佐藤がそっと田中に新しい酒を注ぎながら、優しく語りかけた。


「失敗も成功も、この世にはどちらも大切なものなんですよ。成功だけが人を育てるわけじゃない。時には失敗から学ぶことの方が多いものです。」


片山はその言葉に眉をひそめたが、佐藤の穏やかな表情を見て何かを感じ取ったようだった。「確かに、自分も完璧じゃないな…」と、ふと内心を見つめ直す瞬間が訪れた。


佐藤はどんな客でも拒まず、清も濁も分け隔てなく迎え入れる。成功者も、失敗した者も、すべてを受け入れる彼の姿勢が「鶴と亀」の居心地の良さを生み出していたのだ。


その夜、片山は田中と一緒に酒を飲み交わし、少しずつ彼の話を聞くようになった。そして、自分自身の悩みや失敗を語り始めた。二人は、共に清濁併せ呑む人間として、その夜を分かち合った。




ことわざから小説を執筆
#田記正規 #読み方

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