四面楚歌(しめんそか)
「四面楚歌」
夜は深まるにつれ、冷たい風が吹きすさび、ビルの窓が微かに揺れていた。新興ベンチャー企業「テクノフュージョン」の会議室で、CEOの高橋は一人、苦渋に満ちた表情で机に突っ伏していた。
数か月前までは、同僚や投資家たちから「未来のリーダー」と称賛されていた彼だったが、いまやその状況は一変していた。急成長を目指し、リスクの高い事業に手を出したことが裏目に出て、資金繰りが行き詰まり、社員たちの信頼も崩れ始めていた。
その夜、緊急取締役会が行われた。投資家たちは次々と厳しい言葉を浴びせた。
「高橋さん、あなたの判断ミスがこの状況を招いたんだ。どう責任を取るつもりだ?」
「もう支援はできない。これ以上、無駄な資金投入はできないよ。」
同僚であり、かつては親しい仲だったCOOの中村も、冷たい目を向けていた。「高橋、もう引き際だ。君はこの会社を救えない。」
高橋は深くため息をついた。かつて自分のアイデアに賛同し、共に未来を描いた仲間たちからも、今は見放されている。その場にいる誰もが敵のように感じられた。
「四面楚歌だな……」高橋は心の中でつぶやいた。どこを向いても、味方は一人もいない。
「今のままでは、会社は破産する。君が辞任することで、少しでも信頼を取り戻せるかもしれない。これは君のためでもあるんだ。」中村の声が現実に引き戻した。
高橋は静かに立ち上がり、会議室を後にした。廊下に出ると、遠くに夜の街が広がっていた。会社が追い詰められている状況と、彼自身が孤立無援であることが重なり、胸に重いものがのしかかる。
だが、ビルの窓越しに見える灯りを見つめながら、ふと彼はあることに気づいた。かつて自分がこの会社を立ち上げた時も、周囲には誰もいなかった。それでも、自分一人の力でここまで来たのだと。
「周りがどう言おうと、俺はまだ終わっちゃいない。」
高橋は静かに決意を固め、歩き出した。四面楚歌の状況にあることは変わらないが、彼の心には再び火が灯っていた。もう一度、全てをやり直し、ここから這い上がるための計画を練り始めたのだ。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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