猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
「完璧主義者の失敗」
渡辺修二は、自他ともに認める完璧主義者だった。職場ではどんな仕事も完璧にこなし、細かいところまで気を配り、部下からも上司からも信頼されていた。誰もが「渡辺さんに任せておけば安心だ」と口にする。ミスを一度もしない彼は、周囲からは尊敬の対象であり、誰もがその姿に憧れていた。
そんな渡辺にとって、仕事でのミスはあり得ないことだった。だからこそ、いつも自分に厳しく、どんなに小さなタスクでも全力で取り組んでいた。完璧であることこそが、自分の存在意義だと感じていたからだ。
ある日、新しいプロジェクトのリーダーに任命された渡辺は、いつも以上に気を引き締めていた。プロジェクトは大規模で、ミスが許されないものだった。彼は何度も計画書を見直し、部下たちの作業も細かくチェックした。だが、どこかで疲れが蓄積していたのかもしれない。
納期まで残りわずかとなった夜、彼は最終確認を終え、安堵の息をついた。これで完璧だと思い、家に帰ろうとしたその瞬間、上司からの電話が鳴った。
「渡辺くん、今すぐ確認してほしいんだが、君が担当した部分に誤りがあるようだ」
渡辺の心臓が一瞬止まるかのように感じた。自分が?誤り?信じられない思いで、すぐにデータを確認すると、確かに自分が入力した数字が間違っていた。しかも、そのミスはプロジェクト全体に影響を与える大きなものだった。
「どうして…?」彼は呆然とした。これまで完璧にこなしてきた自分が、こんな初歩的なミスを犯すなんて。
翌日、修正作業に追われながら、渡辺は初めて自分の無理を認めざるを得なかった。完璧であることに執着しすぎて、自分を追い込みすぎていたのだ。
プロジェクトは無事に終わったが、渡辺は自分に対する自信を少し失った。それでも、その経験から得た教訓があった。
「猿も木から落ちるってことか…」
彼は自嘲気味に呟いた。どんなに優れた人間でも、時には失敗する。大切なのは、その失敗をどう乗り越え、次にどう活かすかだと気づいたのだった。これからは、自分に対しても他人に対しても、少しは寛容になろうと心に決めた。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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