死児の齢を数える(しじのよわいをかぞえる)
「死児の齢を数える」
春が訪れ、桜が咲き乱れる中、広美は古びたアルバムをめくりながら、静かに涙を流していた。アルバムの中には、かつての彼女の息子、翔太の笑顔が映っている。幼い頃から体が弱かった翔太は、わずか6歳でこの世を去った。それから10年が経つが、広美は毎年この季節になると彼を思い出し、胸を締めつけられるような悲しみが再び押し寄せてくる。
「もし、あの子が生きていたら、今頃は高校生かしら」と広美はつぶやく。翔太が生きていればどんな青年に成長していただろうかと、考えずにはいられなかった。彼女はふと、亡くなった息子の未来を想像し、手元のアルバムの写真にすがりつくように目を落とす。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。広美の親友、美奈子が訪ねてきた。
「広美、久しぶり。元気にしてる?」美奈子は明るく声をかけたが、広美の目の赤さに気づき、表情を曇らせた。「また翔太くんのことを思い出していたのね。」
広美は静かに頷いた。「毎年この時期になると、どうしても思い出してしまうの。あの子が生きていたら、今どうしているんだろうって、考えずにはいられなくて。」
美奈子は少し間を置いてから、広美の隣に座り、手をそっと握った。「広美、わかるよ。その気持ち。でも、翔太くんはもう…」
「わかってる。わかってるけど、考えてしまうの。もしも彼が元気に育っていたら…って、つい思い描いてしまうのよ。」
美奈子は静かに息を吐いた。そして、しばらくの沈黙の後に口を開いた。「広美、今のあなたは『死児の齢を数えている』んだよ。」
「死児の齢を数える…?」広美は目を見開いた。
「そう。もうこの世にいない人のことを、あれこれと考えても、その人は戻ってこない。翔太くんがもし生きていたらって思う気持ちは痛いほどわかるけど、現実に目を向けることも大切だよ。翔太くんの思い出を大事にすることはいいけど、過去に縛られて生きるのは、あの子もきっと望んでいないと思う。」
広美はその言葉を聞いて、しばらく沈黙した。心の中で何かが揺れ動くのを感じた。確かに、翔太がいなくなった悲しみは消えないが、それでも美奈子の言葉には一理あると感じた。
「過去を思い続けることは、前に進むのを止めてしまうのかもしれない…」広美は小さな声でつぶやいた。
美奈子は優しく微笑んだ。「そう。翔太くんがいないことは悲しいけど、今を生きること、そして翔太くんが愛していた世界を大切にすることが、彼のためにもなると思う。」
広美は涙を拭き、ゆっくりとアルバムを閉じた。「そうね、翔太の思い出を大切にしながら、私も少しずつ前に進んでいかないといけないわね。」
その日の夕方、広美は窓を開けて春の風を感じた。桜の花びらが静かに舞い散る中、彼女の心にも新しい風が吹き込んでいた。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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