泥中の蓮(でいちゅうのはちす)

 貧しい村に生まれたサトシは、幼い頃から泥まみれの日々を送っていた。家族は田んぼで米を作り、生計を立てていたが、収穫はいつも乏しく、生活は困窮していた。それでも、サトシは心に希望の光を灯し続けていた。


ある夏の日、サトシは村の近くにある池で遊んでいた。その池は泥で濁り、水はほとんど見えなかった。しかし、池の片隅に一輪の蓮の花が咲いていた。その白く美しい花びらは、まるでこの世界とは違う場所から来たかのように純粋で、輝いていた。


「泥の中でもこんなに美しい花が咲くんだ…」サトシはその光景に心を打たれ、自分もこの花のように強く、美しく生きたいと願った。


時が流れ、サトシは成長し、村の学校を卒業した。彼は村を出て、大都市で働くことを決意した。都会の生活は厳しく、泥のように困難が立ちはだかった。しかし、サトシは泥中の蓮の教えを胸に、どんな困難にも立ち向かった。


都会での生活は容易ではなかった。最初は工事現場で働き、その後は工場での仕事を得た。長時間労働と低賃金の中で、サトシは何度も挫折しそうになったが、池の蓮の花を思い出し、自分を奮い立たせた。


ある日、工場での仕事中にサトシは一人の老人と出会った。老人は工場の技術者で、サトシの真面目さと努力に目を留めていた。「君は本当に頑張り屋だな。もっと大きな夢を持ってみないか?」老人はサトシにそう語りかけた。


サトシはその言葉に勇気を得て、技術者としての訓練を受けることを決意した。夜間学校に通いながら、日中は工場で働く日々が続いた。彼の努力はやがて実を結び、サトシは工場の技術者として認められるようになった。


数年後、サトシは自身の工場を持つまでに成長した。彼の工場は高品質な製品を生産し、顧客からの信頼を得ていた。サトシは成功を手に入れたが、それでも決して初心を忘れなかった。彼は常に、あの泥の中に咲いた蓮の花を心に留めていた。


ある日、サトシは故郷の村を訪れた。村の人々は彼の成功を祝福し、サトシは池のほとりであの蓮の花を見つめた。「この花のように、どんな泥の中でも美しく咲くことができる。」サトシはそう呟き、自分の歩んできた道を誇りに思った。


サトシの姿は、村の若者たちに希望と勇気を与えた。「泥中の蓮」として語り継がれる彼の物語は、困難に直面しても諦めず、努力と信念を持って進むことの大切さを教えてくれた。



ことわざから小説を執筆
#田記正規 #読み方

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