大賢は愚なるが如し(たいけんはぐなるがごとし)
ある静かな村に、智恵の深さで知られる一人の老人が住んでいた。彼の名前は石田弥吉。若い頃から村中の難題を解決し、その知識と知恵は遠くからも人々を引き寄せた。彼は村で「大賢」と呼ばれていたが、近頃はその風貌からはとてもそうとは思えなかった。
弥吉はもう年老いていて、普段は村の小道を歩き回り、子供たちと戯れたり、村の広場で居眠りをしたりしていた。彼の姿を見たことのない者は、彼がただのぼんやりとした老人だと思い込んでいた。村の若者たちは、彼がただ遊び暮らしているようにしか見えず、時には愚か者とさえ思うこともあった。
ある日、村の周辺に不思議な病気が流行り始めた。次々と村人たちが倒れ、村全体が不安に包まれた。村長は急いで村の賢者たちを呼び寄せ、対策を協議したが、なかなか解決策は見つからなかった。焦りと不安が村を覆い尽くす中、村人の一人がふと呟いた。
「そういえば、あの弥吉爺さんはどうだろうか?かつては大賢と呼ばれた人物だ。何か知恵を貸してくれるかもしれない。」
村長は半信半疑だったが、背に腹は代えられないと考え、弥吉のもとを訪れた。
広場で居眠りをしていた弥吉は、村長の声で目を覚ました。村長は事情を説明し、何か助言がないか尋ねた。弥吉はゆっくりと頷き、静かに言った。
「村の井戸の水をすぐに止めて、代わりに山の湧き水を使うんじゃ。井戸の底に何かがあるはずだ。それを確認すれば、この病気の原因が分かるかもしれん。」
村長は急いで指示を出し、村人たちと共に井戸を調べた。すると、井戸の底には腐った動物の死骸が発見された。これが病気の原因であった。村人たちはすぐに井戸を清め、新たに山の湧き水を取り入れると、病気は次第に収まり、村は再び平穏を取り戻した。
村人たちは弥吉の知恵に深く感謝し、再び彼を「大賢」と呼び尊敬した。だが、弥吉はただ微笑んで言った。
「大賢たる者、愚かに見えることもある。だが、重要なのは見かけではなく、必要な時に正しい知恵を持っていることじゃ。」
それ以来、村の人々は彼の落ち着いた態度に一層の敬意を抱き、「大賢は愚なるが如し」という言葉を胸に刻んだ。人は外見や日常の姿だけで測れるものではなく、その内に秘めた知恵や力こそが本当の価値であることを学んだのだった。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方
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