五月の鯉の吹流し(さつきのこいのふきながし)

 「中身のない自信」


佐藤陽介は、誰もが羨むような外見と経歴を持つ青年だった。大学は名門、見た目も整っており、スーツを着ればまるで雑誌のモデルのようだ。周囲の人々は彼を「成功者」として扱い、彼自身もその評価に酔いしれていた。


就職活動では、企業からのオファーが次々と舞い込んだ。彼は自分の市場価値を確信し、特に努力することなく内定を勝ち取った。新卒で入社した大手商社でも、最初はその華やかな経歴と堂々とした態度で、上司や同僚の注目を集めた。


だが、仕事が始まるとすぐに問題が表面化した。陽介は基本的な業務スキルが欠けていたのだ。報告書の書き方やデータの分析方法、さらには簡単なコミュニケーションさえも、彼は満足にこなすことができなかった。会議では自信満々に意見を述べるものの、内容は表面的で具体性に欠けていた。


「彼は見た目だけだな…」


陰口が社内で囁かれるようになった。表向きは優雅で洗練されているが、中身が伴わないという評価が広まっていった。陽介自身もそれに気づき始めたが、彼はそれを認めたくなかった。自分は「選ばれた人間」だと思い込んでいたからだ。


ある日、大きなプロジェクトを任された陽介は、さらにそのギャップに苦しむことになった。プロジェクトは思うように進まず、会議では曖昧な発言が増え、上司からの質問にも適切に答えることができなかった。チームメンバーも彼に対して不信感を抱き始め、ついにはプロジェクトが頓挫してしまった。


その夜、陽介は一人オフィスに残り、ふと窓の外を眺めた。5月の夜風に揺れる鯉のぼりが目に入った。その瞬間、自分がその「鯉の吹流し」のように、外見だけは立派だが中身のない存在であることに気づいた。


「俺は、ただの見せかけだったのか…」


彼はその事実を受け入れるしかなかった。自分を過信し、努力を怠ってきた結果が今の状況を生んでいたのだ。陽介はそこで初めて、本当に自分が成長するためには、内面を鍛える必要があることを理解した。


翌日から、彼は態度を一変させた。小さな仕事にも真剣に取り組み、わからないことは素直に聞くようになった。時間はかかったが、やがて同僚たちも彼の変化を感じ始め、再び信頼を寄せるようになった。




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#田記正規 #読み方

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