士族の商法(しぞくのしょうほう)

 「士族の商法」


明治の世、かつては名家の侍だった佐々木家も、時代の流れに逆らえず士族の地位を失った。刀を差していた頃は、家の威厳があり、誰もが一目置いたが、廃刀令とともにその力は消え、侍たちは新たな生き方を探さざるを得なかった。


「これからは商いだ」と、佐々木直次郎は意を決して商売を始めることにした。だが、侍だった彼には商いの経験などなく、知識もなかった。しかし、名門の誇りを胸に「自分ならできるはずだ」と自信を持ち、米問屋を開業することにした。


「直次郎さん、侍が商いをやるなんて珍しいねぇ」と、近所の商人たちは噂していた。


直次郎はまず、仕入れの量を見極められず、大量の米を買い込んだ。「米は絶対に売れるものだ。余ることはない」と高をくくっていた。しかし、米の価格は市場の動きによって大きく変わることを彼は知らなかった。仕入れた米が高騰するかと思いきや、急激に価格が下がり、直次郎はその損失を抱えることになった。


「何故だ、何故うまくいかない!」と、直次郎は悩んだ。これまでの人生、彼は武士道を信じ、正直と信義を重んじてきた。しかし、商いの世界ではそれだけでは通用しなかった。競争、価格の変動、客の心理――それらは侍時代には存在しなかった戦場だった。


さらに、彼は商いにおける人付き合いの重要さにも気づいていなかった。かつての威厳と自負心が災いし、周囲の商人たちと打ち解けることができなかったのだ。「侍が商売をするなど、上手くいくわけがない」と陰口を叩かれることも増えた。


ある日、彼は商売の心得を持つ友人である山田に相談した。「なぜ俺はうまくいかないんだ。俺は士族だ。名家の出だ。どうして商売というものは、こんなにも難しいのか。」


山田は静かに微笑んだ。「直次郎、武士の誇りは大事だが、商いには別の規律がある。お前はまだ侍の心で商売をしようとしている。しかし、商売は生き残るための戦だ。柔軟に動き、状況を読む力が求められる。士族の誇りを持つことは大切だが、それだけでは商いはうまくいかないんだ。」


直次郎は深くうなだれた。山田の言葉は胸に突き刺さった。彼はようやく、自分が持っていた侍のプライドが逆に足枷となり、商売の世界に順応できていないことに気付いた。


その後、彼は侍のプライドを捨て、商売の勉強を一から始めることを決意した。武士のように正直であることも大切だが、商売には柔軟さと市場の変化を読み取る目が必要だった。



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#田記正規 #読み方

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