壺中の天地(こちゅうのてんち)

 村上(むらかみ)は仕事に追われる都会の生活に嫌気がさし、家と会社を往復するだけの日々に疲れ果てていた。目まぐるしい日常を逃れたいと思っても、すぐにどこかへ行ける余裕などない。ある夜、ふと立ち寄った古びた骨董品店で、一つの小さな壺に目を留めた。その壺には見慣れない模様が刻まれており、手に取ると何故か心が和らぐような気がした。


店主に「これはどんな壺ですか?」と尋ねると、店主は微笑みながら答えた。「これは『壺中の天地』。中に不思議な空間が広がっていて、時がゆっくり流れるのですよ」


村上は興味をそそられ、勢いでその壺を購入した。家に戻り、夜の静寂の中で壺をじっと見つめていると、なぜか心が澄んでいくような感覚がした。少しずつ意識が遠のき、気づくと彼は壺の中にいるような不思議な空間に立っていた。


そこは小川がせせらぎ、鳥がさえずる、どこか懐かしい景色が広がっていた。柔らかな風が吹き、陽の光が優しく降り注ぐ。まるで別世界だった。ここでは時間が止まったように穏やかで、村上は心からの安らぎを感じた。


村上はこの「壺中の天地」を心の避難所として、日々の疲れを癒していった。忙しい日常に戻る前のひととき、壺の中で味わう静かな時間は、彼の心にとって大きな支えとなった。そして彼は知った。心の中に広がるこの安らぎこそ、自分自身が生み出した「天地」だと。



ことわざから小説を執筆
#田記正規 #読み方<blockquote></blockquote>

コメント

このブログの人気の投稿

前車の轍(ぜんしゃのてつ)

山椒は小粒でもぴりりと辛い(さんしょうはこつぶでもぴりりとからい)