毛を吹いて疵を求める
「毛を吹いて疵を求める」
静かな郊外に佇む中規模の企業、青葉工業。社員同士が和気藹々とした雰囲気で働く職場だったが、新任の監査部長・坂口が赴任して以来、その空気が一変した。
坂口は几帳面で、誰よりも「正確さ」にこだわる男だった。表面的には会社の利益を守るための監査という名目で、細かなミスや矛盾をことさら指摘しては社員を問い詰めた。
ある日の朝礼で、坂口が声を上げた。
「昨日の会計報告書、数字の合計に0.1%の誤差がありました。これはどういうことですか?」
報告書を作成した若手社員の山田は、蒼白になって弁解した。
「申し訳ありません。ただの入力ミスで、すぐに修正しました……」
「ただのミスでは済みません。こういう小さなミスが会社の信用を損なうのです!」
坂口の厳しい追及により、山田だけでなくチーム全体が緊張感を強いられるようになった。日常的な仕事の中で小さな誤りを探し出し、それを過剰に問題視する彼の態度に、社員たちは疲れ切っていた。
ある日、ついに社長の青木が坂口を呼び出した。
「坂口君、確かに君の細やかな監査には感謝している。しかし、あまりに細部にこだわりすぎて全体が見えなくなってはいないかね?」
坂口は反論しようとしたが、青木は続けた。
「『毛を吹いて疵を求める』という言葉がある。些細な欠点を探しすぎて、大切なものを失ってはいけない。君が求める完璧さが、社員の意欲を削いでいることに気づいてほしい。」
その言葉に、坂口はハッとした。自分がこだわっていたのは完璧さではなく、些末な部分に対する過剰な執着だったのかもしれないと。
それから坂口は監査の方法を見直し、社員の努力や成果を評価する姿勢に変わっていった。次第に職場の雰囲気も和らぎ、チームは再び一丸となって前進し始めた。
坂口が学んだのは、完璧を求めることと、人を信頼することのバランスの大切さだった。毛を吹いて疵を求めるのではなく、大きな目標を見据えることの重要性を胸に刻み込んだのだ。
ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方 #会社
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