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犬の遠吠え

 犬の遠吠え(いぬのとおぼえ)」は、実力や度胸がない人が、陰から威勢のいいことを言ったり、負け惜しみを言ったりすることを表すことわざです。 使い道・使い方 たとえば、本人の前では何も言えないのに、後から「あいつなんて大したことない」と悪口を言っている人について、 「本人の前では何も言えないのに、陰で文句ばかり言うなんて、まるで犬の遠吠えだね。」 のように使います。 ポイント: 「犬の遠吠え」は、単に「陰口を言う」という意味よりも、相手に直接立ち向かう力や勇気がないのに、遠くから強がっているというニュアンスがあります。 ことわざから小説を執筆
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犬も歩けば棒に当たる

 犬も歩けば棒に当たる」は、出歩いたり、何か行動を起こしたりすると、思いがけない災難に遭うことがあるという意味のことわざです。 使い道・使い方 たとえば、次のような場面で使えます。 余計なことをして災難に遭ったとき 「頼まれてもいないのに手伝いに行ったら、仕事を増やされちゃった。犬も歩けば棒に当たるだね。」 外出先で思わぬトラブルに遭ったとき 「ちょっと買い物に出ただけなのに、雨に降られて財布まで落とした。犬も歩けば棒に当たる、だな。」 積極的に行動した結果、悪いことが起きたとき 「新しいことを始めようと思って参加したイベントでトラブルに巻き込まれた。犬も歩けば棒に当たる、ということか。」 なお、現在では「犬も歩けば棒に当たる」には、**「何か行動すると、思いがけない幸運に出会うことがある」**という、反対に近い意味で使われる場合もあります。 つまり、文脈によって 「出しゃばると災難に遭う」 または 「積極的に動けば思わぬ幸運に出会う」 という2通りの解釈があります。 ことわざから小説を執筆
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命あっての物種

 「命あっての物種(いのちあってのものだね)」は、どんなことよりも命が大切で、命さえあれば何とかやり直せるという意味のことわざです。 使い道・使い方 危険なことをしようとしている人を止めたり、無理をしている人に「まず自分の命を大切にしよう」と伝えたりするときに使います。 例: 「無理して登山を続けるのはやめよう。命あっての物種だからね。」 「仕事のために体を壊してしまったら元も子もない。命あっての物種だよ。」 「今回は諦めることにした。命あっての物種だから。」 つまり、**「命が一番大事だから、危険を冒したり無理をしたりするのはやめよう」**という場面で使うことが多い表現です。 ことわざから小説を執筆
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井の中の蛙大海を知らず

 井の中の蛙大海を知らず」は、狭い世界しか知らず、広い世界があることを知らない人を表すときに使います。 使い道・使い方 たとえば、 自分の会社のやり方だけが正しいと思っている人に →「井の中の蛙大海を知らず、ということもあるから、他社のやり方も見てみよう。」 一つの学校や地域の常識だけで判断している人に →「外の世界を知らないと、井の中の蛙大海を知らずになってしまう。」 自分の経験だけで「これが普通だ」と決めつけているときに →「私も以前は井の中の蛙大海を知らずだった。」 つまり、「もっと広い世界を知ることが大切だ」という場面で使いやすいことわざです。 なお、相手に直接「あなたは井の中の蛙だ」と言うと、相手を見下しているように聞こえる場合があるので注意が必要です。 ことわざから小説を執筆
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衣鉢を伝う

 衣鉢を伝う(いはつをつたう)」は、師匠から弟子へ、学問・技術・芸術などの奥義や精神を受け継がせるという意味です。もともとは仏教で、師から弟子へ教えを伝える際の「衣」と「鉢」に由来します。 どんな場面で使う? 特に、長年培われた高度な技術や伝統を、師から後継者へ受け継ぐ場面で使うと自然です。 例えば、 伝統工芸 名人は、長年培った技を弟子に伝え、衣鉢を伝うことを使命としている。 芸術・芸能 師匠の芸風を受け継いだ彼は、まさに師の衣鉢を伝う存在である。 学問 教授の研究を若手研究者が引き継ぎ、その衣鉢を伝うことになった。 職人の世界 父から息子へ、代々続く職人の技が衣鉢を伝う形で受け継がれている。 この言葉はかなり格式のある、改まった表現なので、単に「料理の作り方を教えてもらった」のような日常的な場面には少し大げさです。 なお、似た表現に 「衣鉢を継ぐ」 があり、こちらは「弟子が師の奥義や業績を受け継ぐ」という意味で、現在はこちらのほうが使いやすい表現です。 簡単に言えば、「師匠の技・教え・精神を、後継者に受け継がせる」という場面で使う言葉です。 ことわざから小説を執筆
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韋編三度絶つ

 韋編三度絶つ(いへんみたびたつ)」は、同じ本を何度も繰り返し読み、深く理解することを表す言葉です。『史記』にある、孔子が『易』を熟読したため、竹簡を綴じていた革ひもが三度も切れたという故事が由来です。 どんな場面で使う? 特に、勉強・研究・読書などで、一冊の本を何度も読み込んでいる人について使うと自然です。 例えば、 「彼はこの古典を韋編三度絶つほど読み込んでいる。」 「試験前は参考書を何冊も増やすより、重要な一冊を韋編三度絶つつもりで読み返そう。」 「この論文を書くために、関連する原典を韋編三度絶つほど熟読した。」 という使い方ができます。 ただし、少し注意が必要です。「勉強を一生懸命する」という意味全般ではなく、「本を繰り返し読む」という点が中心です。辞典でも「その本を非常に愛読している」というニュアンスが強いとされています。 したがって、日常会話ではやや硬い表現ですが、「この本を何度も読み返して、すっかり内容を身につけた」ことを格調高く表したいときにぴったりです。 なお、同じ意味で、より簡潔な四字熟語の 「韋編三絶(いへんさんぜつ)」 という言い方もあります。 ことわざから小説を執筆
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鰯の頭も信心から

 鰯の頭も信心から(いわしのあたまもしんじんから)」は、簡単にいうと、 人から見ればつまらないものでも、本人が信じていれば、とてもありがたいもの・価値のあるものに思える という意味のことわざです。 一方で、何かを頑固に信じ込んでいる人を、少し皮肉って言う場合もあります。 どんなときに使う? たとえば、こんな場面です。 お守りや縁起担ぎを大切にしている人に 「この石を持っていると運がよくなるんだって。まあ、鰯の頭も信心からだね。」 自分のこだわりを少し冗談っぽく言うとき 「この古いペンを使うと試験に受かる気がする。鰯の頭も信心からだよ。」 他人には効果が分からないものを、本人が信じているとき 「あの健康法、本当に効果があるのかな。でも、鰯の頭も信心からというからね。」 注意するポイント このことわざには、「そんなものを信じるなんて」という皮肉・からかいのニュアンスが含まれることがあります。 そのため、相手が本気で信仰している宗教や、大切にしているものについて直接使うと、失礼に聞こえる可能性があります。 自分自身のこだわりについて、 「まあ、鰯の頭も信心からということで……」 のように使うと、比較的自然です。 ちなみに由来は、節分に鰯の頭を柊(ひいらぎ)の枝に刺して魔除けにする風習から来ています ことわざから小説を執筆
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言わぬが花

 言わぬが花(いわぬがはな)」は、何でも口に出して言うより、あえて言わないほうが趣があり、相手との関係にも差し障りがないという意味です。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 相手の失敗を、あえて指摘しないとき 「みんな気づいているけれど、ここは言わぬが花でしょう。」 人の秘密や個人的な事情を、わざわざ聞かないとき 「詳しい事情は本人が話さないのだから、言わぬが花だよ。」 映画や小説の結末を教えないとき 「結末を教えてしまうより、言わぬが花というものだ。」 本音を全部言うと相手を傷つけそうなとき 「思うところはいろいろあるけれど、ここは言わぬが花だ。」 つまり、**「言わないほうが、かえってよい」**と思う場面で使うことができます。 ただし、重要な連絡や仕事上の必要事項まで黙ってよい、という意味ではありません。「余計なことはあえて言わない」というニュアンスで使うのが自然です。 なお、ユーザーさんが示されたページにも、日常的な例として「失敗の理由をあえて指摘しない」「映画の結末を教えない」という使い方が掲載されています。 ことわざから小説を執筆
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魚心あれば水心

 魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ)」は、相手が好意を示してくれれば、こちらも好意をもって応じるという意味のことわざです。 使い道・使い方 相手との関係が**「こちらの態度次第で、相手も同じように応じてくれる」**という場面で使います。 例文 「こちらが親切にすれば、相手も親切にしてくれる。魚心あれば水心というものだ。」 「困ったときはお互い様。魚心あれば水心で、今回は私が助けます。」 「取引先には誠実に対応しよう。魚心あれば水心で、こちらを大切にしてくれるはずだ。」 ただし、場合によっては「こちらが好意を示したら、相手もそれなりの見返りをしてほしい」という、少し打算的なニュアンスで使われることもあります。 ことわざから小説を執筆
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牛に引かれて善光寺参り

 牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)」は、自分から進んでしたわけではないのに、他人に誘われたり、思いがけない出来事がきっかけになったりして、よい方向へ導かれることを表すことわざです。 使い道・使い方 たとえば、こんな場面で使えます。 友達に誘われて旅行に行ったら、思いがけず素晴らしい場所に出会った →「友達に誘われて旅行に行ったが、まさに牛に引かれて善光寺参りだった。」 興味のなかった趣味を友人に勧められ、始めてみたら夢中になった →「最初は気が進まなかったが、友人に勧められて始めたら、牛に引かれて善光寺参りとなった。」 誘われて参加したイベントが、新しい人との出会いや仕事につながった →「何となく誘われて参加したイベントだったが、牛に引かれて善光寺参りとはこのことだ。」 つまり、**「人に誘われたことがきっかけで、思いがけず良い結果になった」**というときに使うと自然です。 ことわざから小説を執筆
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牛は牛連れ

 牛は牛連れ(うしはうしづれ)」は、似た者同士・気の合う者同士は自然に一緒になるという意味のことわざです。 使い道・使い方 たとえば、次のような場面で使えます。 性格や趣味がよく似た二人が、いつも一緒にいるとき →「あの二人は趣味も考え方もそっくりだね。まさに牛は牛連れだ。」 同じような考えを持つ人たちが集まっているとき →「このグループはみんな読書好きだね。牛は牛連れというものだ。」 「類は友を呼ぶ」とほぼ同じ意味で使いたいとき なお、「牛は牛連れ、馬は馬連れ」という形で、同類の者は同類の者と一緒になるという意味でも使われます。 ことわざから小説を執筆
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氏より育ち

 氏より育ち(うじよりそだち)」は、家柄や血筋よりも、育った環境や教育のほうが、人の性格・人格に大きな影響を与えるという意味のことわざです。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 家柄は普通でも、礼儀正しく立派な人をほめるとき 「あの人は名家の出身ではないけれど、とても礼儀正しい。まさに氏より育ちだね。」 人の性格や教養について話すとき 「兄弟でも育った環境が違うと、性格もずいぶん違うね。氏より育ちということかな。」 子どもの教育や家庭環境の大切さを話すとき 「子どもの将来を考えると、家柄よりも教育や家庭環境が大切だ。氏より育ちというものだ。」 つまり、**「生まれた家より、どう育てられたかが大切」**と言いたいときに使うと自然です。 なお、相手の家柄を直接比較する場面では、少し上から目線に聞こえることもあるので、使い方には注意するとよいでしょう。 ことわざから小説を執筆
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牛を馬に乗り換える

 牛を馬に乗り換える」は、今まで使っていたもの・付き合っていたものなどをやめて、より優れたものや都合のよいものに替えるときに使います。 使い方の例 「もっと条件のいい会社が見つかったので、今の会社を辞めるなんて、まさに牛を馬に乗り換えるようなものだ。」 「古いスマホから新しい機種に買い替えた。まるで牛を馬に乗り換えるようだ。」 「彼は、成績の悪いチームから強いチームへ移った。牛を馬に乗り換えるとはこのことだ。」 つまり、**「悪い・劣ったものから、良い・優れたものへ乗り換える」**という場面で使うことわざです。 なお、場合によっては「自分にとって都合のいい方へ簡単に乗り換える」という、やや批判的なニュアンスでも使われます。 ことわざから小説を執筆
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嘘つきは泥棒のはじまり

 嘘つきは泥棒のはじまり」は、小さな嘘でも、それを繰り返すうちに悪い行いにつながっていくという意味のことわざです。 使い道・使う場面 たとえば、次のような場面で使えます。 子どもが嘘をついたとき 「宿題をやった」と言ったけれど、実はやっていなかった。 →「嘘つきは泥棒のはじまりっていうから、正直に言おうね。」 失敗をごまかそうとしている人に注意するとき 「壊してしまったのに、壊していないと言い張る。」 →「ごまかすために嘘をつくのはよくないよ。嘘つきは泥棒のはじまりだよ。」 軽い嘘を繰り返している人への忠告 「ちょっとした嘘ならいい」と考えている人に対して、 →「小さな嘘でも癖になるよ。嘘つきは泥棒のはじまりっていうでしょう。」 つまり、「嘘をつくのはよくない」と戒めたり、正直であるように注意したりするときに使うことわざです。 ことわざから小説を執筆
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鵜の真似をする烏

 鵜の真似をする烏(うのまねをするからす)」は、自分の能力や身の程を考えずに人の真似をすると、失敗するという意味のことわざです。鵜は水に潜って魚を捕れますが、烏が同じことを真似すると溺れてしまう、というたとえです。  使い道・使い方 たとえば、次のような場面で使えます。 仕事で 「経験もないのに、いきなり上級者と同じやり方をするのは、鵜の真似をする烏になりかねない。」 勉強で 「友達が難しい参考書で勉強しているからといって、自分も基礎を飛ばしてはいけない。鵜の真似をする烏だ。」 スポーツで 「プロ選手の技を見よう見まねでやって、けがをした。まさに鵜の真似をする烏だ。」 日常生活で 「有名人の生活をそのまま真似しても、自分に合わなければ続かない。鵜の真似をする烏にならないようにしよう。」 つまり、**「人の成功をそのまま真似するのではなく、自分の力や状況に合った方法を考えよう」**という場面で使うことわざです ことわざから小説を執筆
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鵜の目鷹の目

 鵜の目鷹の目(うのめたかのめ)」は、何かを見逃すまいと、鋭い目つきで熱心に探す様子を表すことわざです。特に、人の欠点・失敗・弱点などを探す場合にもよく使われます。 使い道・使い方 たとえば、こんな場面で使えます。 人の欠点を探しているとき 「彼は人の失敗を鵜の目鷹の目で探している。」 掘り出し物を必死に探しているとき 「フリーマーケットで、みんな鵜の目鷹の目になって珍しい品を探していた。」 相手の弱点を探しているとき 「ライバル会社の弱点を、鵜の目鷹の目で探っている。」 注意点 単に「真剣に何かをする」という意味で使うのは少し不自然です。 たとえば、 ❌「彼は鵜の目鷹の目で一生懸命勉強している。」 よりも、 ⭕「彼は試験に出そうなところを鵜の目鷹の目で探している。」 のように、**「何かを見つけようと、注意深く探す」**場面で使うと自然です。 ことわざから小説を執筆
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馬の耳に念仏

 馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)」は、いくら注意や忠告をしても、本人が聞き流してしまい、まったく効果がないことを表すことわざです。 使い道・使い方 たとえば、こんな場面で使います。 何度注意しても同じことを繰り返す人に 「何度言っても聞かないなんて、まるで馬の耳に念仏だ。」 忠告を聞き入れない人について 「彼にいくら勉強しろと言っても、馬の耳に念仏だ。」 せっかくのアドバイスが無駄になったとき 「せっかくアドバイスしたのに、馬の耳に念仏だった。」 つまり、**「言っても無駄」「聞いてもらえない」**というニュアンスです。 なお、目上の人に直接「あなたは馬の耳に念仏ですね」と言うと失礼になることがあるので、使う相手には注意しましょう。 ことわざから小説を執筆
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売り言葉に買い言葉

 売り言葉に買い言葉(うりことばにかいことば)」は、相手の失礼な言葉や挑発に対して、こちらも負けずに言い返してしまうことを表すことわざです。 使い方の例 「彼に嫌なことを言われて、売り言葉に買い言葉で言い返してしまった。」 「夫婦げんかでは、売り言葉に買い言葉にならないように気をつけよう。」 「彼女も悪気はなかったのに、売り言葉に買い言葉で口論になってしまった。」 どんな場面で使う? 主に、口げんか・言い争い・対立などの場面で使います。 たとえば、 A「そんな仕事もできないの?」 B「あなたに言われたくないよ!」 A「何だと!」 B「そっちこそ!」 このように、相手の言葉に反応して、さらに強い言葉を返す状態が「売り言葉に買い言葉」です。 ことわざから小説を執筆
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瓜の蔓に茄子は生らぬ

 瓜の蔓に茄子は生らぬ(うりのつるになすびはならぬ)」は、主に次のような場面で使います。 意味 瓜の蔓(つる)から茄子ができないように、原因や素質に見合わない結果は出にくいという意味です。特に、子どもは親に似るものだという意味で使われます。 使い方の例 ① 親子の性格や才能について 「あの子は几帳面で責任感が強いね。お父さんも同じ性格だから、瓜の蔓に茄子は生らぬということだね。」 → 親の性質が子に受け継がれている、という意味。 ② 家柄・環境などから結果を予想するとき 「何の努力もせずに大成功を望むのは難しい。瓜の蔓に茄子は生らぬだ。」 → それ相応の原因がなければ、それ相応の結果になるという意味。 ③ 冗談めかして使う 「父親が方向音痴だから、息子も迷ってばかりだな。瓜の蔓に茄子は生らぬか。」 → 親子の似たところを軽くからかう感じ。 注意点 このことわざは、現代では「親が平凡なら子も平凡」と決めつけるような響きになることがあります。そのため、人の能力や将来を否定する目的で使うと失礼になる場合があります。 「親子で似ているね」「性格が受け継がれているね」という肯定的な場面で使うほうが自然です。 ことわざから小説を執筆
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噂をすれば影が差す

 噂をすれば影が差す(うわさをすればかげがさす)」は、ちょうどその人の話をしていたら、その人が現れたり連絡してきたりするような場面で使います。 使い方の例 Aさん:「そういえば、最近、田中さんどうしてるかな?」 Bさん:「さあ、元気かな。」 そこへ田中さんが登場。 Aさん:「あっ、田中さん来た!噂をすれば影が差すだね。」 つまり、 「話題にしていた人が、タイミングよく現れた!」 という、ちょっとした驚きや面白さを表す言葉です。 日常会話では 「噂をすれば影が差す」は、必ずしも悪口や悪い噂を話していた場合だけではありません。普通にその人の話をしていたときにも使えます。 ことわざから小説を執筆
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雲泥の差

 雲泥の差(うんでいのさ)」は、二つのものの間に非常に大きな違い・隔たりがあることを表す言葉です。「雲」と「泥」ほど、かけ離れているというイメージです。 使い道・使い方 たとえば、こんな場面で使えます。 昔と今を比べる 「昔の自分と今の自分では、仕事の能力に雲泥の差がある。」 二人の実力を比べる 「彼と私では、経験に雲泥の差がある。」 性能や品質を比べる 「安いイヤホンと高級イヤホンでは、音質に雲泥の差がある。」 結果の違いを強調する 「少し練習しただけの人と、毎日練習している人では、結果に雲泥の差が出る。」 ポイント 単に「少し違う」というときには使いません。 **「比べものにならないほど大きな差」**があるときに使うのが自然です。 たとえば、 ❌「昨日と今日では、気温に雲泥の差がある。」 というと、かなり大げさに聞こえる可能性があります。 一方、 ⭕「プロと初心者では、技術に雲泥の差がある。」 なら自然です。 ことわざから小説を執筆
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易簀

 易簀(えきさく)」は、日常会話ではほとんど使われない非常に格調高い言葉です。 意味は、 学徳の高い人や立派な人物が亡くなること または 人の死に際・臨終 を敬って表現する語です。中国の『礼記』にある、孔子の弟子・曾子(そうし)の故事に由来します。 使い道 主に次のような場面で使われます。 弔辞 追悼文 評伝・伝記 格調高い評論や随筆 例文 「先生の易簀の報に接し、深い悲しみに包まれた。」 「彼は易簀の直前まで弟子たちに教えを説いた。」 「その偉大な学者の易簀は、学界に大きな衝撃を与えた。」 注意点 「易簀」は一般の人の死に対して気軽に使う言葉ではありません。特に学識や人格が高く敬意を払うべき人物に対して用いられる古典的・文語的な表現です。そのため、普段は「逝去」「永眠」「死去」のほうが自然です。 なお、「易簀」を比喩的に用いて、 「彼は易簀の時まで信念を曲げなかった。」 のように、「臨終の際」という意味で文学作品や歴史小説などに使われることもあります。 ことわざから小説を執筆
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得手に帆を揚げる

 得手に帆を揚げる(えてにほをあげる)」 は、 自分の得意分野で力を発揮できる絶好の機会を得て、勢いよく物事を進めること という意味のことわざです。 使い道としては、次のような場面がぴったりです。 仕事で 「営業経験のある彼は、新規開拓の担当になり、まさに得手に帆を揚げる活躍を見せた。」 スポーツで 「得意な雨のコンディションになり、彼は得手に帆を揚げるように記録を伸ばした。」 勉強で 「数学の問題が多く出題され、数学が得意な彼女には得手に帆を揚げる試験だった。」 趣味や特技で 「料理コンテストと聞いて、料理好きの彼は得手に帆を揚げる勢いで参加した。」 ポイント このことわざは、「得意なこと」と「良い機会」が重なったときに使います。単に調子がいいだけではなく、「自分の得意分野だからこそ力を発揮できる」というニュアンスがあります。 似た表現 「所を得る」 「追い風に乗る」 「順風満帆」 ことわざから小説を執筆
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江戸の仇を長崎で討つ

 江戸の仇を長崎で討つ(えどのかたきをながさきでうつ)」**は、 昔の恨みを、意外な場所や場面で晴らすこと、または関係のない場面で仕返しをすることを表すことわざです。現代では「八つ当たり」や「お門違いな仕返し」という意味合いで使われることもあります。 使い道の例 ① 昔の負けを別の場面で取り返す 去年の大会では彼に負けたけれど、今年の決勝で勝てた。まさに江戸の仇を長崎で討つだ。 ② 別の機会にリベンジする 前回のプレゼンでは失敗したが、今回は高く評価された。江戸の仇を長崎で討った気分だ。 ③ 八つ当たりを批判する(やや皮肉) 上司に叱られたからといって部下に当たるなんて、江戸の仇を長崎で討つようなものだ。 使うときのポイント このことわざは、本来の相手や場面とは違うところで「仕返し」や「雪辱」を果たす場合に使います。そのため、単なる成功や努力が実った場面にはあまり使いません。文脈によっては「筋違いの腹いせ」という否定的な意味にもなるので、使い分けに注意が必要です ことわざから小説を執筆
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蝦(海老)で鯛を釣る

 蝦(海老)で鯛を釣る」は、少しの元手や労力で、大きな利益や思いがけない成果を得ることを表すことわざです。 使い道としては、次のような場面があります。 小さな親切が大きなお返しにつながったとき 「旅行のお土産を渡したら、高級なお菓子をもらった。まさに蝦で鯛を釣るだね。」 少ない投資で大きな利益が出たとき 「安く買った株が値上がりした。蝦で鯛を釣るような結果になった。」 わずかな努力で大きな成果を得たとき 「短時間勉強しただけなのに満点だった。蝦で鯛を釣るような気分だ。」 使うときの注意 このことわざは、「結果的に大きな見返りがあった」という意味で使います。そのため、相手に対して使うと「得をしたね」「うまく利益を得たね」というニュアンスになり、場合によっては失礼に感じられることもあります。自分の経験について使うほうが自然です。 ことわざから小説を執筆
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